― こだわりのデザインを損なわず、確実な機能回復を目指して ―

今回ご依頼いただいたのは、鹿児島県にお住まいのT様からの修理です。
お持ち込みいただいたのは、ドクターマーチン(Dr.Martens)× Y’s(ワイズ)コラボモデルのブーツ。
サイドにファスナーを備えたタイプで、日常的な脱ぎ履きのしやすさと、Y’sらしい無骨かつモードな雰囲気が魅力の一足です。

しかし長年の使用により、ファスナーが自然に開いてしまう不具合が発生しており、同時にファスナーを支える**当て革(裏当て)**にも裂けが見られました。
そのため今回は、ファスナーと当て革を同時に新調し、強度・機能性を回復させる修理を行いました。
■ ドクターマーチン × Y’s コラボとは
まずこのブーツの特徴を少し掘り下げてみましょう。
ドクターマーチンといえば、英国発祥のワークブーツブランドで、代表的なイエローウェルトステッチやバウンシングソールで知られています。
一方、Y’s(ワイズ)は山本耀司氏によるブランドで、モードの文脈の中に“日常で着られるリアルクローズ”を追求してきたブランドです。
このコラボモデルは、そんな両者の哲学が融合した一足。
ボリュームのあるフォルムに無骨なソール、黒革の重厚感を活かしながらも、どこかエレガントで計算されたラインが特徴的です。
今回の修理では、単なる機能回復だけでなく、デザイン的な一体感をいかに損なわずに仕上げるかが大きなテーマとなりました。
■ 不具合の症状と原因の見極め
T様からのご相談内容は、「ファスナーが勝手に開いてくる」というもの。
拝見すると、**務歯(むし:ファスナーのかみ合わせ部分)**の噛み合いが甘くなっており、上から下まで均一に閉まらない状態でした。
金属ファスナーではなく、ナイロンコイルタイプのファスナーが使用されており、経年劣化や開閉時のねじれによって、スライダーの内部バネが摩耗していました。

さらに、ファスナーを支える当て革(裏側の補強革)にも裂けが見られ、特にファスナー下端部分では縫い目が引っ張られて穴が広がっていました。
この状態では、新しいファスナーを取り付けても再び同じ箇所に負荷がかかり、再発のリスクがあります。
そのため、今回は当て革も新規で製作し、補強を兼ねて交換することにしました。
■ 修理工程の流れ
1. 旧ファスナーと当て革の取り外し

まずは縫い糸を一本ずつ切り、既存のファスナーを慎重に取り外します。
ドクターマーチンのブーツは厚手のレザーとライニングを多層構造で縫い合わせているため、糸を抜く際も革を傷めないように細心の注意が必要です。
当て革も硬化しており、表面のコーティングが割れていたため、こちらもすべて除去しました。
2. 下処理と革の選定
新しい当て革を作るため、現物の形状をトレースし型紙を作成します。
使用する革は、厚み約1.2mmの牛革(スムースタイプ)。
柔軟性がありながらも縫い付け後にしっかり形を保てる素材です。
さらに、裏面には織布の補強テープを貼り、引き裂き強度を高めました。
3. 新ファスナーの選定と取り付け

純正ファスナーは入手が難しいため、今回は信頼性の高いYKK製ファスナーを採用しました。
YKKは国内でも耐久性と安定性に優れ、特にスライダーの滑らかさと強度に定評があります。
ただし、金具の形状やリボン幅が純正と微妙に異なるため、外観上のブランド価値は若干下がります。
とはいえ、実用面での信頼性はむしろ向上するともいえます。
リボン(ファスナーの布地部分)は、ドクターマーチン特有の厚みと質感を再現するため、元のリボンを慎重に取り外して新しいファスナーに移植しました。
これにより、外見上の違和感を最小限に抑えています。
4. 縫製(八方ミシンによる縫い付け)
縫製は、当店の八方ミシンを使用します。
八方ミシンは、あらゆる方向に針を動かせる特別な構造を持ち、立体的なブーツの筒部分にも対応できる靴修理専用のミシンです。
通常の直線ミシンでは縫えないカーブや立ち上がり部分も、しっかりと縫い込むことが可能です。
今回は、当て革とファスナーを一体で縫い込むため、厚さの異なる3層構造を均一に押さえながら慎重に縫製しました。
縫い目のピッチはやや細かめに設定し、見た目の精度と強度を両立させています。
5. コバ処理・仕上げ
縫い付けが完了したら、余分な糸を焼き止めし、コバ(縫い端)を整えます。
ファスナー端部の押さえ金具も再固定し、開閉時の引っかかりがないか確認。
最後に全体を軽く磨いて完成です。
■ 修理後の仕上がりと耐久性

仕上がったブーツを改めて見てみると、外観上はほとんど違和感がありません。
リボンを純正から移植したことで、ブランド特有のラインや質感が保たれています。
スライダーの動きも非常にスムーズで、開閉時の引っかかりや自然開きは一切ありません。
当て革の補強効果により、今後はファスナー根元の負荷も分散され、長期間の使用にも十分耐えられる仕様になりました。
実際に手で開閉してみると、ファスナーの締まり具合が均一で、滑りの良さが印象的です。
YKK製の高精度スライダーの恩恵で、ドクターマーチン特有の厚手レザーにもかかわらず軽快な操作感が得られます。
■ ファスナー修理の重要性と注意点
サイドファスナー付きのブーツは便利ですが、そのぶん可動部に負担が集中します。
特に履き口部分は、着脱時に外側へ力が加わりやすく、縫い目や当て革が次第に緩んできます。
開閉のたびにスライダーの摩耗が進行し、やがて噛み合わせが悪くなって“勝手に開く”トラブルが起こるのです。
早めのメンテナンスであれば、スライダー単体交換で済む場合もありますが、今回のように当て革が裂けている場合は、根本的な交換が望ましいです。
また、純正部品が入手できない場合でも、信頼できる代替部材を選び、見た目と機能のバランスを取ることが職人の腕の見せどころです。
■ 職人としてのこだわり

今回の修理では、単に「ファスナーを付け替える」だけではなく、T様の靴に込められた思い出やデザインへのこだわりを守ることを意識しました。
ドクターマーチン×Y’sのコラボモデルは、単なるファッションアイテムではなく、ブランドの哲学が凝縮された一足です。
だからこそ、見た目を損なわず、しかし確実に“履ける状態”へ戻すことが求められます。
修理の最後には、オリジナルのリボンを移植した部分を軽く仕上げ磨きし、革全体を柔らかく保つための保湿クリームでケアしました。
これにより、ファスナー周辺の革の動きも自然になり、仕上がりの美しさと実用性の両立が実現できました。
■ まとめ
ドクターマーチン Y’sコラボのような個性あるモデルは、純正部品がなくても、適切な代替素材と丁寧な縫製で再び蘇らせることができます。
今回のT様のブーツも、ファスナー交換と当て革補強によって再び安心して履ける状態になりました。
「お気に入りの一足を長く履きたい」
その気持ちに応えるのが、私たちいずみ靴店の使命です。
これでまたT様にも、ドクターマーチンらしい履き心地と独特の存在感を存分に楽しんでいただけると思います。
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