加水分解でバキバキになったヒールカップ交換 + アウトソール張替え修理(Vibram298C)

今回ご紹介するのは、東京都にお住まいのI様よりご依頼いただいた、ニューバランス576の修理事例です。

ニューバランス576といえば、英国製モデルとしても知られ、クラシックなデザインと優れた履き心地で長年多くのファンに愛されている名作スニーカーです。しかし一方で、経年劣化による素材トラブルが避けられないモデルでもあり、今回のご依頼もまさに「時間の経過が原因」となった修理内容でした。
■ ご依頼内容と靴の状態
I様からのご相談内容は大きく分けて二点です。

ひとつ目は、かかと外側に付いている樹脂製ヒールカップの破損。

もうひとつは、アウトソールの摩耗による滑りやすさの改善です。
まずヒールカップですが、こちらはニューバランス576によく見られる症状で、樹脂素材が経年により加水分解を起こし、硬化・脆化した結果、バキバキに割れてしまっていました。
ヒールカップとは、かかとの外側を覆う樹脂製の補強パーツのことで、靴内部に入っている「ヒールカウンター(かかと芯)」とは別物です。このヒールカップが破損すると、見た目が悪くなるだけでなく、かかとのホールド感にも影響が出てしまいます。
実際に拝見すると、表面には細かい亀裂が入り、指で触ると簡単に崩れてしまうほど劣化が進行していました。ここまで加水分解が進んでしまうと、接着や部分補修では対応できず、交換修理が必須となります。
■ 純正部品が手に入らないという現実
ニューバランス576の樹脂製ヒールカップは、残念ながら純正部品としての供給がありません。
同形状・同素材の代替パーツも存在しないため、「同じものに交換する」という選択肢は現実的ではありません。
そこで当店では、本革を使用した代替ヒールカップを一から製作し、靴に合わせて取り付ける方法をご提案しました。
見た目・耐久性・修理後の実用性を総合的に考えると、この方法が最も長く安心して履いていただけると判断しています。
■ ヒールカップ製作と縫い付け工程

まず、劣化した樹脂製ヒールカップを慎重に取り外します。
加水分解した樹脂は非常に脆く、無理に外すと周囲のアッパーや内部構造を傷めてしまうため、状態を見極めながら少しずつ除去していきます。
取り外し後は、元のヒールカップの形状を参考にしながら、本革で新しいヒールカップを製作します。
革は厚み・コシのあるものを選び、かかとの曲線に自然に沿うよう成形します。この工程を丁寧に行わないと、履き心地や見た目に違和感が出てしまうため、非常に重要なポイントです。

取り付けには八方ミシンを使用します。
八方ミシンは、立体的な形状のまま縫製できる特殊なミシンで、ヒール周りや筒状部分の縫い付けには欠かせない機械です。
手縫いでは強度や仕上がりに限界があり、通常の平ミシンでも対応できないため、この八方ミシンで一針一針しっかりと縫い付けていきます。
縫製後は、革の端処理や表面の調整を行い、違和感のない自然な仕上がりになるよう整えます。
樹脂製だった元のヒールカップとは素材感こそ異なりますが、本革ならではの落ち着いた風合いが加わり、むしろ上質感のある印象に仕上がりました。
■ アウトソール張替えのご依頼について

次にアウトソールの修理です。
I様からは「パターンが薄くなってきて、以前より滑る感じがする」とのご相談をいただいていました。
確かにソールを確認すると、特につま先から前足部にかけて摩耗が進み、トレッドパターン(溝)がかなり浅くなっていました。この状態では、濡れた路面やタイル床などで滑りやすくなり、転倒のリスクも高まります。
今回は、耐久性とグリップ力のバランスに優れたVibram298Cを使用してアウトソールを張り替えることになりました。
Vibram298Cは、比較的フラットで安定感があり、街履き用途に非常に相性の良いソールです。ニューバランス576のクラシックな雰囲気ともよく合います。
■ ソール張替え作業

既存のアウトソールを剥がし、下地を整えた後、新しいVibram298Cを貼り付けます。
接着前には、接着面の削り・脱脂・プライマー処理など、基本的ですが非常に重要な下処理を丁寧に行います。この工程を疎かにすると、後々剥がれの原因になるため、特に注意が必要です。
圧着後は、ソール周囲を整え、接地面が均一になるよう仕上げます。
張替え後は、グリップ力が回復し、歩行時の安心感も大きく向上しました。
■ 修理を終えて

ヒールカップ交換とアウトソール張替え、二つの修理を同時に行うことで、ニューバランス576は再び安心して履ける一足へと生まれ変わりました。
特に本革製ヒールカップは、今後同じように加水分解を起こす心配がなく、長期的に見ても非常にメリットの大きい修理です。
I様にも「これでまた気兼ねなく履けます」と喜んでいただけました。
お気に入りの靴を修理しながら長く履き続ける——そのお手伝いができたことを、私たちも嬉しく思います。